責任感について思う事

日々の出来事で思う事は
責任感のある人と無い人との差がこれほどあるのか?と言うことです
今日は、時間が有り某大学前にあるコンビニに立ち寄りました。
素行の悪さが目についても、回りにいる店員や来客者は見て見ぬ振りでした。
私服の人なら、大学生だろうと思ったのですが、皮肉にも制服で座り込むのはやはり問題であるし、その上で飲食しているのは品位を疑うばかりです。
近くには、ボランティア用ゴミ袋が置かれており、清掃活動をしている人もいるなかで冷房の利いた店内で悠々としているのはやはり考え物でしょうか。(店内のゴミ掃除をするためにボランティア用袋を持ち込む事はないでしょう)
これは氷山の一角と思いますし、このような事に目を向けない指導者に問題があると感じるところです。
では、これは学生だからか?と言う点については、我々社会人においても同様な事例がありました。
中途半端に対応したあげく、途中で担当者を下げると言う事は、ユーザに取って失礼極まりない行為である事は認識するべきです。
もっとも、知識が伴わないから、満足いく説明ができないと言うわけで無く、不十分であっても、最後までしっかりやり通す事が大事ではないでしょうか。
もっとも「適任者に行えば済む」話題ではありますが、それがすべてとはとても思えません。
その結果、できない担当者はいつまでもできないままであるし、できる担当者はこれまで以上に知識をつけていく
最後までやり通す事が「責任感ある行動」だと私は考えますし、なぜこういう結果に陥ったかは、怠慢の一言に尽きると思います。
前述した人たちについても、身なり等を見れば、いわゆる「今風」といった所ですが、中身まで今風であって欲しく無く、品位を下げる事はやはり避けなければいけないと感じる面が多々あります。
私自身、見た目は「どうでも良い」と思います。
むしろ「個性的な方が本人らしい」と思うからです。時代にあったスタイルをする事も彼らにとっては一つのステータスと思うからです。
この身なり言動の原因は、少なかれ、親も学校も、自分たちに興味を持っていない、くさい物にはふたをする事では無いかと思う節が多々あります。
そう考えれば、これまでの言動の結果がすべてであり、その過程を知る方々がもっと目を向けるべきでは無いかと思うのです。
私は行動を起こした本人達よりも、監督する立場の学校関係者を厳しく追及するべきだと思います。
学校を離れれば、当然「親」の責任といったところでしょうか。
高校以上の学校というくくりで言えば、「学生」=お客さん(厳密には違うが、任意制を考えれば顧客というくくりも可能)と思いますが、お客さんと見れば、業務上「利害関係」が発生する商取引である為、難しいのでしょうか。
自分が偉そうに言える立場では、到底ありませんが
せめて「公共の場」における迷惑行為は、慎むべきだと思うのです・・・。
残念でなりません。

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