自分の言動を周りが見たときを考えてみる

自己の欠点を指摘される時ほど、自分の未熟さを感じる時はありません。
日頃から自分の言動が正しいと思いこんでいる事が一番いけないと思うときで、その行動が何とも情けない所です。
今日はとある方と某有料道路を通行する際、自動収受の関係で釣り銭が出たとき、硬貨を確認したとき、1枚足りずにあわててしまいました。過去にも同じような事で探したのですが、やはりそのときも見つけきれずに何度も同じ失敗をやった自分がいます。
確かにたかが硬貨1枚です。別に命がなくなるわけでも、弁償するにもしれているのです。
しかし、自分のお金を落とした事に必死になって探している自分がそこにはいたのでした。
私は1円でも損はしたくない気持ちから探すのですが、周りは果たしてそれをどう受け取るのでしょうか。
たった100円くらいで渋滞や事故に遭うくらいなら諦めてそのまま行くべきだったと思います。
不可抗力で落としてしまった硬貨でありますが、諦めきれない自分があるのは、すぐに見つかる。自分なら大丈夫という気持ちがそこにはあるからだと思います。
その方は、「たった硬貨1枚ないくらいで周りを考えないあなたは非常に浅ましいから不愉快だ」と言われました。
その後の道中が非常に気まずくなったのはいうまでもありません。
確かに私が、釣り銭を出さないようにしなかった事やわざわざ有料道路を使った事などリスクを考えなかった事も原因の一つと思います。
ただ、その行為そのものが結果として、場の雰囲気を壊してしまった事は確かです。
慢心が失敗を生み、言動にもっと注視すべき点はあると思います。
じゃあ自分が裕福だったらしないかと言えば、正直自信がありません。
自分の行動パターンから考えると十分あり得る事でしょう。
物を忘れる事も、日頃の行動がさせているのもあります。どうしても、面倒になって元の操作に戻さない事が多々あります。
事務用品一つにとっても、元の位置に無く探すのに一苦労した事は数知れません。
それが今回の結果につながっていると思えば、自分の未熟さがあるからほかになりません。
日頃から**がどうこうと言う割には、こういうところで自分の欠点が出てしまうとやはり情けなく感じます。
諦めも肝心という言葉は私には当てはまりません。日頃からあきらめが悪いせいか、仕事では良いのでしょうが、日々の生活でも同じ習慣が抜けない事もあり結果として、周りを垣間見ない行動にでたのでした。
こんな話題そのものを今日のテーマにするのもおかしな事ですが、良い事も悪い事もありのままで無ければ薄っぺらに思えてなりません。
ブログは常に社会性を重んじるべきだと考えています。
そんな所でいつも思うのが、自分自身の要領の悪さです。
考えが一つ及ばない事が結果として、周りを巻き込み不愉快にさせてしまう。
このような行動の一つ一つが無意識のうちに行われてしまえば、結果、時すでに遅しかもしれません。
私自身が打たれ弱い方な上に、都合の悪いことはすぐ忘れてしまうので今回はブログのテーマにしました。
今後も自分に対し耳の痛い事があればどんどん書いていこうと思います。
きっと今回と同じことが次起きたとき自分はどう行動すべきか色々と考える事も大事ではないかと

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